ストリーミングを入り口に音楽を学ぶ:あなたの「好き」を深める体系的アプローチ
ストリーミング時代における「音楽を学ぶ」意義
ストリーミングサービスは、文字通り無限とも思える数の楽曲にアクセスできる環境を私たちにもたらしました。これにより、これまでは出会うことの難しかったジャンルやアーティストにも、手軽に触れることが可能になりました。しかし、多くのリスナーが経験するように、アルゴリズムによるおすすめや流行のプレイリストに沿って聴くだけでは、音楽の楽しみ方が表層的なものに留まってしまうという側面もあります。
自分の「好き」な音楽がなぜ好きなのか、その音楽がどのようなルーツを持ち、他のアーティストとどのように繋がっているのか。そういった背景や文脈を知ることは、音楽体験をより豊かにし、さらに新たな音楽への発見へと繋がります。ストリーミングサービスを単なる「聴く」ツールとしてだけでなく、「音楽を学ぶ」ための入り口として活用し、自身の音楽世界を体系的に深めていく方法について考えてみます。
なぜ音楽を「体系化」することが重要なのか
音楽を体系的に理解するとは、単に多くの曲を知っていることではありません。個々の楽曲、アーティスト、ジャンル、時代背景といった要素を結びつけ、それらの繋がりや関係性を把握することです。なぜ体系化が重要なのでしょうか。
- 音楽同士の繋がりが見える: あるアーティストが影響を受けた別のアーティスト、あるジャンルが派生したルーツとなるジャンル、特定のサウンドが生まれた技術的背景など、音楽は常に相互に影響し合いながら発展しています。体系的に学ぶことで、これらの「音楽の遺伝子」のようなものが見えるようになり、個々の音楽作品が持つ意味合いをより深く理解できるようになります。
- 自分の「好き」の解像度が上がる: なぜ自分が特定の音楽に惹かれるのか、その理由が明確になります。使われているコード進行、リズムパターン、サウンドプロダクション、歌詞のテーマなど、具体的な要素とそれが属する文脈を理解することで、より言語化して自分の好みを把握できるようになります。これは、次にどのような音楽を探すべきかのヒントにもなります。
- 新たな発見に繋がるヒントが増える: 体系的な知識は、いわば音楽世界の地図です。この地図が詳細になるほど、まだ知らない「鉱脈」を見つけるための手がかりが増えます。例えば、好きなアーティストが影響を受けたと公言しているミュージシャンを深掘りしたり、好きなジャンルの成立に関わったプロデューサーの別の仕事を探したりするなど、意図的な音楽探求が可能になります。
ストリーミングを「学びの入り口」にする
ストリーミングサービスは、膨大な音源だけでなく、関連情報へのアクセスも提供しています。これらを意識的に活用することが、音楽を学ぶ第一歩となります。
- レコメンドとプレイリストを起点とする: アルゴリズムによるおすすめや公式・ユーザー作成のプレイリストは、新たな音楽との出会いのきっかけとして非常に有用です。ここで気になった楽曲やアーティストを、そのまま聴き流すのではなく、「なぜこれがおすすめされたのだろう?」「他のどんな曲がこのプレイリストに入っているのだろう?」といった疑問を持って深掘りの出発点とします。
- アーティストページと関連情報を活用する: 多くのストリーミングサービスでは、アーティストのディスコグラフィー(全作品リスト)、関連アーティスト、影響を受けた・与えたアーティストといった情報が提供されています。これらは、そのアーティストの全体像や他の音楽との繋がりを知るための貴重な情報源です。初期の作品から順に聴いて変遷を辿ったり、関連アーティストのページに飛んでさらに範囲を広げたりすることができます。
ステップ1:関心を持った対象を「掘り下げる」
ストリーミングサービスで見つけた興味の対象を、より深く掘り下げていきます。
- アーティストの場合:
- ディスコグラフィーを網羅する: 代表作だけでなく、初期の自主制作盤や後期の実験的な作品まで聴いてみる。活動期間を通じての音楽性の変化を知ることができます。
- 関連プロジェクトやサイドワークを知る: バンドメンバーのソロ活動、プロデューサーとしての仕事、他のアーティストへの楽曲提供など、本流以外の活動を知ることで、そのアーティストの音楽的背景や人脈が見えてきます。
- 影響関係を辿る: ストリーミングサービスの表示だけでなく、音楽メディアの記事やインタビューなどを参照し、そのアーティストが影響を受けたと語っているミュージシャンや、逆に影響を与えたとされる後続のアーティストを聴いてみます。
- ジャンルの場合:
- 起源となるアーティストや楽曲を探す: そのジャンルがどのように生まれたのか、最初にそのスタイルを確立したとされるアーティストや代表的な楽曲を聴いてみます。
- 主要なサブジャンルを把握する: 同じジャンル内でも、時代や地域、サウンドの方向性によって多様なサブジャンルが存在します。それぞれの特徴を理解し、代表的なアーティストを聴き比べます。
- 変遷を辿る: そのジャンルがどのように発展し、他のジャンルと融合し、あるいは衰退していったのかを、年代を追って主要な作品を聴きながら追っていきます。
- 特定の楽曲の場合:
- カバーやサンプリング元を探る: その楽曲が他のアーティストにカバーされていたり、他の楽曲をサンプリングしていたりすることがあります。オリジナルバージョンやサンプリング元を聴くことで、楽曲の系譜や制作背景を知ることができます。
- 参加ミュージシャンやプロデューサーに注目する: 誰が演奏しているのか、誰がプロデュースしているのかを知ることで、そのサウンドがどのように作られたのかのヒントが得られます。そこから、そのミュージシャンやプロデューサーの他の仕事に興味を持つこともあります。
ステップ2:関連情報を「広げる」
ストリーミングサービスの情報だけでは限界があります。多角的な視点から情報を収集することが重要です。
- 音楽専門メディアやブログ: 特定のジャンルに特化したウェブサイトや、深い評論を展開する音楽ブログは、商業的なレコメンドとは異なる視点からの情報源となります。過去の記事を遡って読むことで、特定のシーンやアーティストに関する深い知識を得られます。
- YouTube: 公式のミュージックビデオやライブ映像だけでなく、ファンが作成した分析動画、音楽ジャーナリストによる解説、ドキュメンタリーなども豊富に存在します。視覚的な情報と合わせて音楽を理解するのに役立ちます。
- データベースサイト: DiscogsやAllMusicのような音楽データベースサイトは、詳細なディスコグラフィー、参加ミュージシャン、クレジット情報などが網羅されており、体系的な情報を得るのに非常に有用です。
- 音楽関連書籍・雑誌: 音楽史、特定のジャンル、アーティストの評伝などを扱った書籍や、過去の音楽雑誌には、当時の文化的背景や評論家の視点など、ストリーミング時代には得にくい深い情報が含まれています。図書館を利用したり、電子書籍でアクセスしたりすることも可能です。
- オンラインコミュニティ: 特定のアーティストやジャンルのファンが集まるSNSグループやフォーラムでは、他のリスナーのおすすめや、時には公式情報よりも早く深い情報が得られることがあります。ただし、情報の真偽には注意が必要です。
- ポッドキャスト・ラジオ: 音楽評論家や専門家、あるいは熱心なリスナーが特定のテーマについて語るポッドキャストやインターネットラジオ番組は、受動的に情報を得るのに適しています。
ステップ3:得た情報を「体系化する」
集めた情報を頭の中やメモとして散漫に置いておくだけでは、繋がりが見えにくく、忘れ去られがちです。情報を整理し、体系化することで、それが知識として定着し、血肉となります。
- プレイリストを構造化する: ストリーミングサービスのプレイリスト機能を、単なる「お気に入り集」としてだけでなく、情報を整理するツールとして活用します。例えば、「〇〇(アーティスト名)影響元」「△△(ジャンル名)入門」「□□(年代)の代表曲」のようにテーマ別にプレイリストを作成し、集めた楽曲を分類していきます。アーティストの作品を年代順に並べたプレイリストを作成するのも有効です。
- デジタルノートやメモアプリを活用する: EvernoteやNotion、OneNoteなどのノートアプリを使って、アーティストごとのバイオグラフィー、ディスコグラフィー、関連アーティスト、主要アルバムのレビューや聴いた感想、参考文献などをまとめていきます。アーティスト同士の相関図や、ジャンルのタイムラインなどを自分で作成してみるのも理解を深めます。
- 物理的なノートやカードを使う: デジタルツールが苦手な場合は、アナログな方法も有効です。ノートに手書きで情報をまとめたり、情報をカードに書いて並べ替えたりすることで、思考が整理されることがあります。
ストリーミング時代の「学ぶ」ことの利点と課題
ストリーミングサービスがあることで、音楽を学ぶ上でいくつかの利点と課題が生まれています。
- 利点:
- 音源への即時アクセス: 気になった楽曲やアーティストをすぐに聴くことができます。これは、過去のメディアでは難しかった最大の利点です。
- 情報の豊富さ: サービスの機能やインターネット上の情報源を組み合わせることで、多角的な情報を比較的容易に得られます。
- 課題:
- 情報過多: あまりに多くの情報がありすぎて、何から手をつければ良いのか迷ってしまうことがあります。
- 情報の断片化: さまざまなソースから情報を集めるため、情報が断片的になりがちです。これをいかに統合し、体系化するかが腕の見せ所です。
- 深掘りのモチベーション維持: 手軽に次々と新しい音楽を聴けるからこそ、一つの音楽をじっくり深掘りするモチベーションを維持するのが難しい場合があります。
まとめ
ストリーミングサービスは、私たちの音楽体験を劇的に変化させました。手軽に膨大な音楽にアクセスできるようになったからこそ、その恩恵を最大限に活かすためには、受け身ではなく能動的な姿勢が必要です。ストリーミングを「音楽を学ぶ」ための入り口として捉え、気になった音楽を掘り下げ、関連情報を広げ、そして得た知識を体系化していく。このプロセスを経ることで、単に流行の曲を消費するだけではない、より深く、より豊かな音楽世界を自分の中に築き上げることができるでしょう。自分だけの「音楽地図」を丹念に描き続けてみてください。